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研修所便り 大和内観研修所
    

 安良木 一太郎
 
我輩は、大和内観研修所の庭の立ち木である。昭和28年に内観道場が開設される以前からその庭に住んでいる。
年齢を訊かれると困る。おそらく80歳は優に超した。近所では百歳にはなるだろう、と言うひともいる。
何しろ、誕生日を祝って貰ったこともないし、学校というところに行ったためしがないので、年齢を訊かれてもはっきりしないのである。ひょっとして先代のイノブさん(内観の創始者・吉本伊信師の本名・イシンは書家の号)かキヌ子夫人にでも訊けば分かるかもしれないが、二人とも念仏行者が死後に生まれ変わる極楽浄土に旅立ってしまわれたのでおいそれと気軽に訊くわけにもいかぬ。
名前だって怪しいものだ。一応、クスノキとして育ってはきたが、姓は安良木、名は一太郎とひとは呼ぶ。その姓は全国各地から悩み苦しむ人たちがやってきて内観というものをやっているうちに「安らぎ」を得て帰っていくので、そう呼ばれるようになった。どうしてまた、我輩の名が一太郎なのかと言うと、この庭で生まれた兄弟のなかでは一等大きくて、年長だからというわけだ。イノブさんは犬好きで風呂場で一緒に湯船を浸かるほどだった。さらに、愛犬だけでなくわれわれ庭木も大事にしてくれた。
当時の庭はかなり賑っていたのに平成5年に倉庫を取り壊して別館を建てたり、平成14年には母屋の内観研修所を建て替えたりしているうちに仲間もだいぶ減ってしまった。鞍田さんなどは、わしらの落とした実や葉を片付けるのにいつも汗だくになっていた。が、庭も縮小され剪定が行き届くようになってからというものは、真栄城さんが汗をかいている姿をほとんど見かけない。
それこそ昔は、内観者も面接者も夏はステテコ姿、冬は袢(はん)纏(てん)を着込んで面接が行なわれたものだ。けれど、新築された研修所は冷暖房が完備されたお陰でそれも見かけない。庭を往来するイタチの姿が消えた。蝉も減った。毎年楽しみにしていた鶯も声を聞かなくなった。時の流れは「大和」にも押し寄せている。
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